アレなホロテープ

秘密の同志に発見される事を夢見る電気羊が吹き込んだホロテープ

青ざめた世界と蜃気楼なテクスト

どんなに夢心地だろうと世界は一緒に酔ってはくれなくて窓から青ざめた顔を覗かせては現実へと手を引いて行く。


私は人の顔を覚えるのが苦手だ。
生まれ付きの恥ずかしがりもあって一緒に飲んでいるとメニューばかり見て中々、顔を見れないので尚更に覚えられずにいる。

だから就寝前や起床時に楽しかった思い出は残っているのに何処か寂しい気持ちがある。

けれど覚えている事がそれ程に大切な事なのかとも思う。

例えば私が過去にした経験によって生じた結果や感情は今も私の血となり肉となって何処かで私を形作っているだろう。

それはアルコールで脳が鈍化した、良く言えば少しだけ純粋になれた私と席を共にしてくれた人にも同じ事を思う。

経験は環境も作るから完全に同じとは言えないかも知れないが、感情は精細に分析出来なくともパステルカラーの儘に不意に感傷的にしてくれるし人生を詩的にしてくれる。

席を共にした人との思い出もテクスト化されて過去に取り残されたと思いながら、その実は体系だって私を支えてくれるし今際の際に思い出すんだろう。

そんな事を考えて寂しさを紛らわせても結局は恥ずかしがりの癖に寂しがりだからメニューと不仲になる勇気が欲しい。