アレなホロテープ

秘密の同志に発見される事を夢見る電気羊が吹き込んだホロテープ

青ざめた世界と蜃気楼なテクスト

どんなに夢心地だろうと世界は一緒に酔ってはくれなくて窓から青ざめた顔を覗かせては現実へと手を引いて行く。


私は人の顔を覚えるのが苦手だ。
生まれ付きの恥ずかしがりもあって一緒に飲んでいるとメニューばかり見て中々、顔を見れないので尚更に覚えられずにいる。

だから就寝前や起床時に楽しかった思い出は残っているのに何処か寂しい気持ちがある。

けれど覚えている事がそれ程に大切な事なのかとも思う。

例えば私が過去にした経験によって生じた結果や感情は今も私の血となり肉となって何処かで私を形作っているだろう。

それはアルコールで脳が鈍化した、良く言えば少しだけ純粋になれた私と席を共にしてくれた人にも同じ事を思う。

経験は環境も作るから完全に同じとは言えないかも知れないが、感情は精細に分析出来なくともパステルカラーの儘に不意に感傷的にしてくれるし人生を詩的にしてくれる。

席を共にした人との思い出もテクスト化されて過去に取り残されたと思いながら、その実は体系だって私を支えてくれるし今際の際に思い出すんだろう。

そんな事を考えて寂しさを紛らわせても結局は恥ずかしがりの癖に寂しがりだからメニューと不仲になる勇気が欲しい。

小さな別れの儀式

あんなにも好きだった本を売っても僅かな小銭にしかならなくて、それでも握りしめた小銭で喉に引っかかった何かを流す為に缶ジュースを買うなんて経験は誰しもがあるんじゃないかと思う。

きっとジュースを上げるから本を手放しなさいと言われたら首を横に振るだろう。
でも誰かが貸して欲しいと言えばジュースなんて無くても貸すんだろう。例え返って来なくとも。

それは、お金が目的じゃなくて自分を構成してる要素を、視覚的に認識できる本を売る事によって新陳代謝をしたいと思ってるからだと思う。

人は臆病で変化を恐れる癖に変わらないと変われない自分に変わってしまう事を恐れて少しでも変われる方法を模索する。

好きな物を手放すのはいつだって辛いけど飲み干して凹んだ缶がリサイクルされてまた満たされるように、自分の中で空いた場所に何かを入れていきたいと願っているのかも知れない。

ミニマルな君にマキシマムな愛を

ミニマリストを語る方がこの頃は跋扈しているように感じる。
そもそもが、それぞれが必要な物に最小限の量で適応していくという考えなのだから色々な考えがあって良いと思うのだけど恋に恋するお年頃というかミニマリストに溺れるミニマリストというのは本質を見誤ってる気がしてならない。

私は、本当に自分に必要な物はなんなのか考えて足るを知るという禅に通じるような内省的な思考を追い求める人をミニマリストだと思っているが固定観念に凝り固まるのも危険だとは思う。

私は、人生をチューニングする事に生の安らぎを感じるから誰の為のミニマリストは息が上がりそうで苦しいのだけど他者とこの感覚を共有出来るのかは謎だ。
ミニマリストは一つの物に色々と機能が付いていて流用出来る物を好んでいる気がする。

私は一つの一つの物こそミニマルであって欲しい。人間関係でも君は君が出来る事をすれば良いと思うからだ。一つに特化した物は美しいし私の中では普遍的な価値観だったりする。

ミニマルな君に囲まれて丁寧に感謝する。
君が出来る事に感謝して出来ない私をみつめていたい。
結局はミニマルな物で浮き彫りにしていきたいんだと思う。

浮腫んだ脳味噌

完全に自己満足なブログと言えど僅かにでも読んでくださる方々がいて元気づけられていので私の怠惰によって放置してしまった事を申し訳無く思う。
キーボードを叩いてる今現在も脳味噌が浮腫んでいるような感覚で思考が纏まらないが最近は生まれつきの鬱々とした性質が悪化して収束性のない日々に耐えられる程の健やかなる精神を失い気味なのでリハビリの様な気持ちで駄文の製造(私にとってはどれも愛おしい記事だが)を再開しようと思う。
 
暇な時に読んで愉しんで貰えたならとても嬉しい。

死にたいから殺す

数日前の事だがバイキングを観ていたら新幹線無差別殺傷事件が扱われていた。

MCの坂上忍さんを基本的には好きなのだけれど、好きだからこそ気になると言うか少し悲しくなる時がある。

この事件は色々な視点で視る事ができると思う。安全対策は十分だったのか?犯人の精神的な問題だったり周囲のサポートはどうだったのか?...とか。

そして、私は間違ってるのかもしれないけど被害者よりも加害者の方に意識がいってしまう。

加害者をモンスターにしてしまえばただの悲劇になってしまう。それは少し前に発生した虐待死の事件についても同じ事を思う。

そんな姿勢はユダヤ人の虐殺をヒトラー個人のせいにするようでフェアじゃないと思う。

MCの彼は犯人について「誰でも良かったなら、なんで最後くらい他人じゃなくて自分の命を断つと言う選択肢を選ばなかったのか?」と言うような趣旨の事を言っていた。

私は、そんな意見が世界を埋め尽くしてるのかと思うと薄ら寒く感じた。

きっと加害者の彼は「死ぬなら迷惑かけずに死になさい」という環境で生きて来たんじゃ無いかと思う。

でも他人に思いを馳せれる人は余裕がある人なんだと思う。勿論、他人に思いを馳せれれば心に余裕も生まれるだろうが。

だから、彼にその事を言ってあげれる人がいなかった事が悲しい。

社会を憎むから殺すし、自分を受け入れられないから自分を今の状態にした社会を敵視するのだろう。そこに自殺を選ぶという選択肢はない。自殺を選択する心があるなら彼は事件を起こしてないだろうから。

だから迷惑をかけるとかじゃなくて、自分を愛する術を教えてあげれる人がいたら少しは違ったんじゃないかと思った。

『ハンニバル・ライジング』に就いて

久しぶりに『ハンニバル・ライジング』を観た。

シリーズの中では物語の構図がわかりやすく、疲れずに観れるから結構好きなんだけど小説と相違点が多くて引っかかった。

別に原作至上主義ではないのだけれど記憶の宮殿っていう割と美味しい所を削ぎ落としてるしこれで良いのかなって気がした。

でも作品として面白いし原作の雰囲気を映像化出来てるから普通に面白いのでまた観るだろうと思う。

複雑な物語も好きだけど、これぞ映画だって勝手に思う時があって、コナン・ドイルの『緋色の研究』や今回の作品がそうでストーリーを俯瞰して思い浮かべると一枚の絵みたいに感じる。




『黒い家』に就いて

皆さん、今晩は。


近頃は暑いし湿気が多いしで大変ですね。
うっかりキノコ生えそうです。

皆さんも体調崩さないように気をつけてください。


昔と比べて能動的に映画を観るって事が大変に感じる様になってきて老いを感じる今日この頃です。

それじゃ良くないと思い頑張って観ようと、前から気になっていた森田芳光監督作品の『黒い家』を観たのですが凄い面白かったです。

...って、それじゃ能動的に観れてないじゃんって話なので拙い文書ですが感想を書いてみます。

原作は大好きな貴志祐介の同名小説なので粗筋はなんとなく頭に入っていたんですが、映画は粗筋をなぞりながらも原作を読んだ人に良い衝撃(私的には)を与えてくれました。

あれ?こんなに黄色好きだっけ?とか、あれ?消火器のシーンって結構重要じゃなかったっけとか思ったんですが、何よりもある登場人物の「乳しゃぶれー」って台詞で内容吹っ飛んだんでそれだけでも観る価値アリですね。

原作読んでたからグログロで実写化してくれるのかな?なんて期待に胸を踊らせてた僕の目を覚まさせてくれました。

原作読んだ方も未読の方も楽しめると思うので暇な時に是非。

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